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大震災と笑顔

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大震災と笑顔

『ベッツワンプレス 2011夏号(Vol.27)』 掲載分

電話メモイメージ画像

3月11日に起こった東日本大震災で、被災された全ての個人、病院、会社の方々へ、心からお見舞い申し上げます。
どんなことも「笑顔で」取り組めば、越えて行ける…それが信条です。
しかし、この度の、震災規模の大きさと、その後関連して起こる予想もしていなかった様々な出来事に感じた思いを昇華するには、全ての方にとって少し時間が必要だと思いました。

「共感」と感情の「昇華」

震災直後の1ヵ月間、病院様には出張セミナー予定の延期をお願いしました。「自粛」という意図的なものではなく、全ての人が感情は味わいつくして昇華※してから、次に進む方がよいと思ったからです。「笑顔の訓練」が私のセミナーのベースですが、「共感」という状態が誰にも起っていました。被災された方々のことはもちろん、そこに飼われていた動物達のことを思うと、誰もがすぐに笑顔になることはできなかったと思います。

あまりにも突然に、あまりにも膨大なマイナスの体験や情報が人々の心に押し寄せました。継続する余震、原発事故、それが及ぼす影響、国中が一斉に予期不安を感じることになりました。自分が直接体験していなくても、他人の感情を取り込んで、しばらく一緒に感情をシェアする…「相手の立場に立って考える」には「共感」は不可欠な能力です。人は他者の体験からも刺激を受けて自分が過去に感じたことのある感情を思い出すのです。

企業や病院での人材研修を生業とする私が常に立場を考えなくてはならないと思っているのが、「経営者」「従業員」「その顧客」の3者です。私にとっては、3者全てが顧客であり、目指す顧客満足とは、3者全てに反映されなければと思っています。震災直後の研修を実施するかどうかは、私には、「経営者」と受講される「スタッフ」の心の状態を熟考しなくてはならない問題でした。

※物事が一段上の状態に高められること。

「プロ意識」との兼ね合い

複数人の方に仕事の段取りをつけていただき、お時間を作っていただくので、何があってもお約束を守り、日程に合わせて体調の管理をして、そこに出向く…というのが、私の仕事の基本中の基本ですが、初めて、葛藤が起こりました。本来、人間も、感情に沿って起こすのがナチュラルな行動でしょう。「解決の目途が立たない不安の中でする笑顔の訓練」は、人によっては「笑顔の訓練は辛いと感じる体験をさせる」ことを最も懸念しました。

被災していなくてもほとんどすべての方に、共感した感情を昇華する時間が必要であると確信はありましたが、物理的に「約束を果たす」という「プロ意識」とどのように折り合いをつけてよいのか、すぐにはわかりませんでした。幸いに、私の延期のお願いを、皆様承諾してくださいましたが、「それはプロとしてどうなんでしょう?」と言われる可能性も覚悟していました。

阪神淡路大震災を体験した私自身は、過去の感情処理も含めて1カ月後、昇華し、精神的にほぼ回復して冷静に社会生活が営めるようになりました。冷静に…というのは、入ってくる情報に大きく感情が揺らいで疲弊しないようにコントロールできるということです。

しかし、この1カ月という期間が全ての人にとって妥当なわけではないでしょう。特に「生まれて初めての笑顔の訓練」で、昇華しきれていない感情を抑圧させてしまえば、その人の人生にわたって心理的にとても大きな負担がかかってしまう可能性を懸念しました。

今年の新入社員研修

毎年、4月の第1週目は一般企業の新入社員研修をします。研修の受講者には被災地ご出身の方も相当数いらっしゃいました。彼らの雇用者である会社の期待にはもちろん、応えなければなりません。新人達が笑顔で社会生活に取り組めるように心理的にも技術的にもベースを仕上げるのが私の責任です。しかし、同時に「笑顔」は、その人達が所属する組織だけではなく、その人達の個々の人生においても訓練する価値のあるものでなくてはならないと思っています。一生のうち、一緒に過ごす時間がまる一日もあると言うのはとても意味のある出会いであり、受講生の一人一人は私にとって重要な人達です。私もまた、彼らにとってそう感じてもらえる言動を考えて選びたいと思っています。

個人レベルで考えれば、被災してわずか20日後に笑顔の研修を行うことを100%妥当とは思いませんでした。このタイミングで笑顔の訓練の利点だけを伝えるのは傲慢であり、配慮不足だと感じていました。

迷いながらもこのようにお伝えしました。「ホスピタリティを提供する方々にとって、接客時の笑顔はスキルです。ですが、もしも、心にまだ昇華しきれていない悲しさがあるなら、先にそちらを出しきって、昇華してください。皆さんの人生においては、それが今とても大事な心の作業だと思います。また、あの震災の直後に社会人になるということの人生の意味も考えてください。だから、今日のこの研修では、たくさん笑顔の訓練をしますが、無理をなさらなくていいですよ」と。その瞬間、何人かは涙をあふれさせました。「いつもならまず、こう言うのです。皆さんは今、会社のコストをかけてもらってここにいる。その経費は今この時間、会社の先輩達が稼働している生産性の高い仕事からもたらされているのです。だから、私がお伝えすることは全てインプットし、それを会社でアウトプットさせることがまず皆さんの最初の仕事なんですよ。」「坂上個人として前者を、御社に今日の研修を任された講師としては後者をお伝えします」そして「今日をどう過ごすかは、ご自身でお決めください」と。結果は、「氷河期」と言われた就職戦線を乗り越えて来られた方々のさすがの選択でした。

笑顔になれない人への思い

今、皆様はどのような環境でこれをお読みくださっているのでしょうか?社会生活における人間関係の摩擦、更に動物病院においては動物の死亡が絡んだ時…それらが大きなストレスとなることは知っています。職業人として、誰もが抱えるそれらのストレスに対する感情は、コントロールする力が必要でしょう。

しかし、今回強く感じていたのは、ストレスのレベルの違いです。何よりも「この国はどうなるの?」というこれまでに感じたことのない不安。無傷の関西に在住していて感じるのですから、東日本、東北の方々の物理的体験を通しての感じ方はいかばかりかと推察いたします。

個々によって、状態によって、心が回復するのに必要な時間は違うでしょう。また視野を拡大して現実を踏まえれば、世界規模の問題の処理をしながら、日本経済はマイナスから構築し直さなければなりません。人間の住まいさえこれから相当数を建築していかねばならない情況において、動物病院に対するニーズを楽観視することはできないと思います。

どんな時も私達人間に寄り添ってくれるのは動物達に違いありません。しかし、被災現場において、動物とともにいることは、まだまだ困難です。命の優先順位は、当然人が先に来ます。そんな中、瓦礫に乗って沖を漂っていた犬が救助され、しかも更に飼い主と再会できた奇跡のような話もありました。感情が大きく揺れ動くような情報が次々に入ってきます。全ての人が個々に、特に人生でキャリアを重ね、ベテランという域の中にある人達がまず、この事態を見据え、少しずつ情報を整理しながら、職業人としての自分の立ち位置を見つめ直すことも必要でしょう。私の「笑顔」に対する思いは、とても深くなりました。

「笑顔はスキル」ですが、「笑顔でいられない人の理由」に思い至らせることが教育や指導に携わる立場にある者のホスピタリティだと思います。心理的に厳しい状態にある方への共感のプロセスも端折らず、待ちたいと思います。

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著者紹介

坂上緑
動物病院接客コンサルタント
坂上 緑(さかがみ みどり)
●動物病院ホスピタリティマネジメント研究会代表
●大阪ペピイ動物看護専門学校非常勤講師
●受付業務・接客応対
●動物病院に特化した接客セミナー・講演を全国展開
【出版物】
●飼い主さんとのコミュニケーション講座
●動物病院スタッフのジョブトレーニング講座
●書籍、DVD (インターズー)
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