獣医眼科学入門

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ネオ・ベッツVRセンター 獣医師 小山 博美

第2回 角膜・眼瞼

ベッツワンプレス 2006春号(Vol.7)

角膜

角膜画像

角膜は厚さが犬で0.5-0.6mm、猫で0.5mmであり、外側から上皮、実質、デスメ膜、内皮の4層に分けられる。(図1)上皮は5-8層からなる角化していない扁平上皮で構成されている。実質は角膜の90%を占め、規則正しいコラーゲン線維の間に角膜細胞が存在している。デスメ膜は弾性繊維の膜で内皮細胞により産生されている。内皮細胞は1層から構成される多形角細胞である。角膜は血管のない透明な組織で、酸素は涙液より、栄養は前房水より供給されている。

角膜の病変は角膜そのものに起因する場合と、外部からの刺激、涙液や前房水などの変化に起因する場合がある。角膜疾患が起こるとその程度により血管新生がおこる。受傷後5日ほど経つと角膜に血管新生が始まり、その進入速度は1日に0.5-1mmであるといわれている。

角膜画像

獣医臨床眼科学IIからの転載

角膜の創傷治癒過程は以下のとおりである。角膜上皮細胞が欠損した場合、欠損部周囲の上皮細胞が潰瘍部に移動し始め欠損部を埋めていく。(図2)

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角膜画像

獣医臨床眼科学IIからの転載

その時点では上皮の層は通常よりも薄いが、その後細胞分裂により正常な厚さまで回復する。実質が欠損した場合、角膜細胞が線維芽細胞に変化し欠損部を埋めていくが、実質組織が作られる前に上皮細胞で覆われると角膜の凹みが残ってしまう。実質の深い欠損では、血管新生が誘起され肉芽組織が形成されて実質の欠損部に充填される。その場合もともとあった規則正しいコラーゲン線維の配列ではなく、不規則な配列になってしまうため瘢痕として残ることになる。(図3)

角膜潰瘍

スリットランプよる細隙灯顕微鏡検査やフルオレッセン染色などにより診断する。追加の検査として細胞診や細菌培養検査、感受性検査などが必要になる場合も多い。

角膜潰瘍画像

■表層性角膜潰瘍(図4)

原因はほとんどが機械的な損傷である。角膜の感覚神経は上皮内に多く存在するため、深さの割に痛みが強い。前述のように治癒は非常に早い。ほとんどの場合48-72時間後には欠損部は上皮化される。このタイプの潰瘍は自己の持つ治癒過程を阻害しないようにすることが必要で、予防的な抗生剤の投与のみでよい。予想される期間を過ぎても治癒していない場合は、何らかの合併症や基礎疾患があると考えられるため更なる検査や処置が必要となる。原因としてはKCS、異物、睫毛や眼瞼の疾患、感染、そして無痛性潰瘍などが挙げられる。

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■無痛性潰瘍(図5)
難治性角膜びらん、ボクサー潰瘍などさまざまな名前で呼ばれることがある。これは上皮の基底膜の疾患で、上皮細胞が基底膜に接着できないことが原因といわれているが、その病因は不明である。診断には症状、病歴、所見などによって行なわれる。潰瘍は表層性で、潰瘍周囲の上皮が接着せず剥離した状態で認められる。その経過にかかわらず、血管新生は乏しく、感染は通常認められない。この潰瘍の場合、通常の表層性角膜潰瘍の治療での反応は乏しく、外科的な治療が必要となる。剥離した上皮の除去(デブライドメント)と表層角膜切開術が適応となる。おとなしい患者の場合、局所麻酔のみで処置できるが、暴れる患者の場合は化学的保定が必要となる。点眼麻酔薬で十分に局所麻酔を行い、開瞼器を装着する。乾いた綿棒で剥離した上皮をこするようにはがしていく。正常な上皮はこの処置のみでは剥離しないため、剥離する上皮はすべてこすり取る。(図6)

その後針を用いて点状もしくは格子状に角膜表面を切開していく。切開は正常な潰瘍周囲の正常な上皮を含めて広範囲に行なう。このとき針を持った手を患者の頭もしくは頬部に置いて処置すると突発的な患者の動きに対しても必要以上のダメージを角膜に与える心配は少なくなる。(図7)

この後通常の角膜潰瘍として抗生剤の点眼を行なう。早い場合には1-2週間で治癒するが、何回かの処置を繰り返し行なう必要もある。この疾患の場合クライアント・エデュケーションが重要で、治癒しにくい疾患であることをオーナーに十分理解してもらう必要がある。

無痛性潰瘍

中層性角膜潰瘍

■中層性角膜潰瘍(図8)
欠損が角膜実質にまで及んだ潰瘍で、通常何らかの基礎疾患や合併症(感染など)の存在が疑われる。治療方法は個々の症例によって異なる。一般的には50%以上の深さの角膜潰瘍の場合は外科適応と言われる。しかしながらそのときの角膜の状態(角膜への血管進入、潰瘍の範囲)や薬剤への反応性などによって適応となるかどうかは判断しなければならない。内科的には原因除去、感受性のある抗生剤の頻回点眼が行なわれる。ブドウ膜炎が併発している場合はその処置として、非ステロイド系消炎剤の投与やアトロピン点眼が行なわれる。外科的には結膜弁形成術や角膜強膜移動術が行なわれる。潰瘍の場所、周囲の角膜の状態などによって、どちらを選択するか判断される。結膜弁形成術のメリットは結膜とともに血管を移植できることであるが、その分治癒後の角膜の瘢痕組織の程度はひどくなる。角膜強膜移動術を行なった場合、移植部の角膜の透明性は保たれるが、適応できる角膜の状態の制限が多い。筆者の場合外科的治療を選択するか否かは、潰瘍の深さと範囲、そして血管進入の程度によって判断している。内科療法を選択した場合でも頻回の検査を行ない、現在の治療への反応を観察し改善が見られない場合は外科的治療に切り替えることも必要である。

深部角膜潰瘍もしくはデスメ膜瘤

■深部角膜潰瘍もしくはデスメ膜瘤(図9)
緊急疾患である。特にデスメ膜瘤の場合、角膜の90%以上を失っているため穿孔の危険性がある。可能な限り早く外科的処置に踏み切るのがよい。欠損部が小さなもの(直径3mm以下)ならば、角膜を直接縫合することが可能である。しかしながらそれよりも大きな欠損部の場合、直接縫合は不可能で、理想的には角膜移植、不可能ならば結膜弁形成術もしくは角膜強膜移動術が行なわれる。

融解性角膜潰瘍

■融解性角膜潰瘍(図10)
角膜実質がコラゲナーゼにより融解されてしまうタイプの角膜潰瘍である。コラゲナーゼの由来は細菌(緑膿菌、β溶血性連鎖球菌)や角膜細胞、好中球などが挙げられる。このタイプの角膜潰瘍では通常の治療に加えて、コラゲナーゼ作用を阻害するために抗コラゲナーゼ作用を持つ薬の点眼が必要になる。使用される薬剤はアセチルシステイン、EDTA、自己血清などである。

乾燥性角結膜炎(KCS)(図11)
乾燥性角結膜炎(KCS)

涙液の減少、または涙膜の質的変化によって起こる角膜および結膜の炎症である。症状は粘液性眼脂、結膜充血・浮腫から角膜への血管新生、色素沈着、角膜潰瘍などがある。犬の結膜炎の原因になっていることが多く、最初にこの疾患を除外しなければならない。診断には涙液産生量や、涙膜破壊時間の測定が必要である。原因はさまざまであるが、犬の場合免疫介在性や特発性が多く、それ以外では薬剤性、神経性などが挙げられる。現在KCSの治療にはサイクロスポリンを点眼することが多い。サイクロスポリンの作用には免疫抑制作用のみではなく、涙液産生刺激作用、血管新生抑制作用などがある。サイクロスポリンで治療された症例の約80%に改善が認められるが、改善が乏しい場合は対症療法として人工涙液の頻回点眼が必要になる。抗生剤の使用についての論議はさまざまであるが、筆者の場合涙膜の回復を第一目標とし、抗生剤の点眼は原則的に使用していない。

角膜分離症(黒色壊死症)(図12)
角膜分離症(黒色壊死症)

猫に特徴的な角膜疾患である。原因は遺伝、兎眼、慢性的な角膜潰瘍、ウイルスなどが言われているが、現在までのところ明確な原因は特定されていない。角膜実質の凝固壊死部分が薄茶から黒色に変化しこのような所見を呈する。場合によっては壊死部分が剥離脱落することがある。ペルシャ、ヒマラヤン、バーミーズなどの猫種に好発するが、それ以外の品種でも発症する。症状は無症状から疼痛、角膜潰瘍、角膜への血管新生などが見られる。治療法はその原因によって異なるが、通常表層角膜切除術による外科的摘出が推奨される。術後の再発率が高いことが問題であるが、角膜強膜移動術や有茎結膜弁形成術の併用が再発を防ぐことが報告されている。

眼瞼

眼瞼の働きには角膜表面の保護、涙膜成分の産生、涙膜の形成と排出がある。眼瞼の形状や働きに異常が出ると角膜表面への刺激が起こり、角膜病変を生じることがある。眼瞼の疾患は眼瞼そのものだけでなく、角膜疾患を引き起こすことを頭にとどめておかねばならない。

睫毛異常

睫毛異常
睫毛の異常には睫毛重生、睫毛乱生、異所性睫毛の3種類に分類される。

■睫毛重生
通常の睫毛とは異なり、マイボーム腺に存在する睫毛である。犬種によっては無症候性の場合があり、必ずしも症状を引き起こすとは限らない。症状を起こす場合、多涙症、眼瞼痙攣、結膜炎、表層性角膜炎などが生じる。治療は簡単なものではそのつど脱毛させる方法があるが、永久的に脱毛させるにはレーザーもしくは凍結による脱毛を薦める。

■睫毛乱生
通常の毛根から生えた睫毛ではあるが、向きが異常で角膜や結膜に接触するものを指す。

■異所性睫毛
眼瞼結膜から発生した睫毛。角膜を刺激し角膜炎、潰瘍などの症状を起こすことが多い。好発部位は上眼瞼で、特に12時の位置が多い。(図13)治療は毛根ごと結膜を切除する方法がとられる。

眼瞼内反症

眼瞼縁の一部もしくは全部が内側に巻き込まれた状態であり、体毛の生えた皮膚が結膜や角膜を刺激する。これにより流涙症、角膜炎などが生じる。

原因には原発性(発達性)と後天性があり、原発性の発症は生後6ヶ月から見られる。好発犬種はチャウチャウ、シャー・ペイ、コッカー・スパニエル、ラブラドール・レトリバー、トイもしくはミニチュア・プードルなどがあげられる。後天性は眼瞼痙攣、瘢痕形成、眼輪筋の緊張喪失などによって生じる。

治療はHotz-Celsus変法切除術や一時的な眼瞼のタッキング縫合などが用いられる。

眼瞼外反症

眼瞼縁の一部もしくは全部が外方に反転している状態をさす。通常下眼瞼におこるが、瘢痕などにより上眼瞼に生じることもある。無症状もこともあるが、結膜炎や流涙症、涙膜異常がおこることもある。こちらも発達性と後天性がある。発達性の好発犬種はセントバーナード、グレート・デン、ニューファウンドランド、スパニエル種などが挙げられる。

治療は眼瞼のV字切除や外眼角形成術との組合せなどが必要になる。

眼瞼腫瘍

犬の場合はマイボーム腺腫などの良性のものが多い。しかしながら猫の場合扁平上皮癌などの悪性のものが多いため十分なマージンを取って切除する必要がある。腫瘍を切除して縫合が可能なのは原則的に眼瞼長の1/3までで、その場合V字切除術やハウス切除術などが用いられる。それ以上の切除に対しては何らかの形で眼瞼を形成する必要がある。(図14A、B)眼瞼の縫合で重要なのは結膜側に縫合糸を出さないようにすることと眼瞼縁をきちんとあわせることである。これがうまくいかないと医原性の角膜炎を起こすことがある。

眼瞼腫瘍

参考文献

  1. 1) Veterinary Ophthalmology 3rd Ed. Kirk N. Gelatt Lipppincott Williams & Wilkins
  2. 2) カラーアトラス 獣医臨床眼科学II Glenn A. Severin LLLセミナー