犬猫の腫瘍外科の考え方と基礎

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酪農学園大学 獣医学群 獣医学類 伴侶動物外科学ll 遠藤 能史

第3回 ~犬猫の腫瘍外科の考え方と基礎的な技術~

ベッツワンプレス 2015秋号(Vol.44)

はじめに

第3回となる今回は、腫瘍を完全切除する上で重要となる術中の考え方や技術を説明させていただく。

腫瘍を完全切除するための考え方や技術(手術中)
図1

 腫瘍を完全切除する上で最も重要なことは腫瘍をバリアとなる正常組織で包み一括切除することである。ここでは乳腺部に生じた皮膚腫瘍(肥満細胞腫)を水平マージン2cm、底部マージン筋膜にて切除する症例を例に説明する。
 まず、皮膚切開を行う前に術前に決定した水平マージンに従い切開ラインのマーキングを行う(図1)。皮膚は切開すると張力によって切開ラインから遠ざかるように収縮する。その影響により、正確な皮膚切開ラインは切開を加えた後では分かりにくくなる。そのため、皮膚切開ラインのマーキングは切開を加える前に実施すべきである。その後、マーキングに従い皮膚に切開を加える(図2)
 全周性に皮膚切開を行った後に皮下組織の分離を実施する(図3)。この際も皮下組織は切開した皮膚に引っ張られる形で切開ラインより遠ざかる。そのため、切除する腫瘍側を意識して皮下組織の分離を行うと、予定の切開ラインより腫瘍側の皮下組織を分離する恐れがある。最悪の場合、腫瘍を包むべき正常皮下組織を分離し、腫瘍の反応層や腫瘍自体を露出してしまう。従って、皮下組織を分離する際には切開ラインより外側、つまり生体に残存する側の皮下組織を分離することを意識する。実際には切開ラインの外側の皮膚を少し外側に牽引しながら皮下組織を露出し分離するとよい。

図2、図3

 皮下組織を分離すると筋膜が露出される(図4)。本腫瘍の場合は底部マージンとして筋膜を利用するため筋肉から筋膜を剥離する。まず摘出する筋膜を全周性に切開を加える(図5)。その後、筋膜を筋肉から剥離していくが、この際に注意すべきことは筋膜に付着する皮下組織を筋膜から分離することなく筋膜を剥離することである(図6)

図4、5、6

ここでは皮下組織の多くが脂肪組織であり、脂肪組織は前述のとおり“バリア”とならない組織である。そのため、腫瘍細胞は筋膜付近まで浸潤している可能性がある。筋膜を剥離する際に、筋膜と皮下組織を分離しないように、もしくは筋膜を破らないように注意深く筋膜を把持し反転させながら剥離し腫瘍を切除する(図7、8)
 上記のように腫瘍を正常組織にて包み込み、決して腫瘍が“顔を出す”ことがないように一括で切除することが腫瘍を完全切除する上で最も重要である。

図7、8

手術中の腫瘍の扱い

 術中に腫瘍と腫瘍を包む正常組織を扱う際に注意しなければならないことは、乱雑に扱わないことである。腫瘍を乱雑に扱い刺激を与えることで、腫瘍の血管内やリンパ管内の腫瘍栓が血流やリンパ流を介して全身循環に流入し転移を促進する恐れがある。また、肥満細胞腫などは腫瘍細胞を崩壊させることでヒスタミンを代表とする生理活性物質が放出され腫瘍随伴症候群を引き起こす可能性もある。術中の操作や術前の毛刈りや消毒の際に腫瘍をハンドリングすることは避けられない。しかしながら、その程度は必要最低限にとどめ、腫瘍栓の流出や腫瘍細胞の崩壊を極力避けなければならない。腫瘍を包む正常組織に支持糸や鉗子をかけて扱うことで、腫瘍に対する過度な刺激は避けることができる。この際、腫瘍の反応層にかけないように注意しなければならない。

手術中の血管の処理、止血

 腫瘍に流入もしくは流出する血管は極力ていねいに素早く結紮・切断もしくは焼灼・切断する。その理由は、腫瘍栓の流出を防止することにある。腫瘍を支配する大血管の結紮・離断において、動脈を先にすべきか静脈を先にすべきかに関して結論にいたっていない。しかしながら、静脈を先に結紮・切断した場合、摘出する腫瘍およびその臓器内で血液がうっ帯し、摘出する腫瘍や臓器の扱いが難しくなる。逆に、動脈を先に結紮・切断することで、結果的に静脈の血流が減少し、腫瘍栓の流出を抑制できる。そのため筆者は基本的に動脈から結紮・切断を行う。また、細かい血管に関しても電気メスやバイポーラを用いてていねいに焼灼・切断することで出血を防ぐ。些細な出血であっても腫瘍栓が術野に播種する原因となり、再発のリスクを高める。

腫瘍が露出してしまった場合

 完全切除を目指した腫瘍切除においては一括切除が原則であり、決して腫瘍および反応層が切除縁に露出されてはいけない。しかしながら、術前の切除計画に反し腫瘍が周辺正常組織に浸潤している場合や術者の失技により腫瘍や反応層が露出してしまう可能性はある(図9、10)。露出した場合、術野は腫瘍細胞により汚染されていると考えるべきである。
 露出した場合、まずその範囲を極力広げないように腫瘍を取り除く。その後、露出部位にて修正した切除縁で正常組織を切除する。その後、術野を生理食塩水で洗浄する。洗浄後にそれまで摘出に用いた外科器具、グローブ、術衣は全て新しい汚染されていないものに変え、閉創を行う。
 汚染部位の洗浄に関しては賛否両論ある。播種した腫瘍細胞の数を減らすことが可能であると考えられるが、逆に洗浄する事で腫瘍細胞を汚染されていない術野に播種させてしまう可能性もある。従って、洗浄液を全て回収できる部位(体表など)であれば実施すべきであるが、胸腔や腹腔など回収できない部位の場合は避けるべきであると筆者は考えている。

図9、10