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深刻な場面の対応

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深刻な場面の対応

『ベッツワンプレス2010冬号(Vol.25)』 掲載分

飼い主さんが、亡くなった動物にとりすがっている。
またはとてもシリアスな現状を伝えられてショックで泣いている。
声をかけられない。その場から立ち去れない、
他にやらなくてはならないことがあるのに、時間が経過していくばかり…どうしたらいいでしょうか?
看取りのセミナーではこのような質問が多く寄せられます。
このような問題を解決していくために、
経営者である院長先生にお願いしたいことがあります。

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臨機応変に対処できない現実

泣いている飼い主様を放置できない…というやさしさ。動物医療に従事する人達の多くは、そのやさしさが動物を献身的にケアする根本にあるのでしょう。ただ、その時、「やらなければならない業務」にいつまでも移行できないでそこに佇んでしまうのなら、それは意図をもった行動とは言えません。仕事中であれば その状況で、同時に存在する複数の飼い主様をお待たせしない行動を選択しなくてはなりません、生きてケアを必要とする動物達のことを思えば、もしもその場所が診察室や処置室でであったとしたら、たとえ泣いてすがっていても場所を空けてもらわねばなりません。

亡くなった動物と飼い主様が対面する部屋が「別にある」のであれば理想的です。その場所の必要性を鑑みて初めからそのように設計されている動物病院もあります。しかし、動物病院が生きている動物の状態を改善させるということを優先するのは当然のことですから、そのようなスペースがとれるというのは、物理的に余裕がある場合のみに限られるのでしょう。

場所が確保できないなら当然、診察室、処置室等、他の業務を進める場所を一時的に飼い主様との対面の場所に充てることになります。だからこそ、「困った問題」が起こっています。物理的な改善が難しいのであれば、対応の技術を向上させるしかありません。ですがこのように比較的頻度の高い場面について分析し、その方法を決めている病院はあまり多くはないのではないでしょうか?難しい場面については「その時の情況に応じて臨機応変に」ということになっているのではないかと思います。

しかし、このようなシリアスな場面をどうするのか、ほとんど決めごともなく漫然とスタッフが個々に「判断して臨機応変に対処」を期待するのは非常に厳しいと思われます。飼い主様が感情的に深く痛手を負っている時にかける言葉や態度は、相手によってはこちらの予想をはるかに超えたマイナスの反応が帰ってくる可能性があるからです。もちろん、頻繁にはないことでしょうが、そのめったにない可能性に自分が「当たる」ことを恐れるのはスタッフなら当たり前のことだと思います。深刻な場面では、飼い主様の受け止め方によっては訴訟にすら発展することもありますが、スタッフは立場上、自分で責任の取りようがありません。従業員にとっては「臨機応変にうまくやってください」はあまりに高いハードルと思います。

「臨機応変の判断」に任せるなら経営者は「何が起こっても院長である自分が取る」ということを日頃からスタッフに伝えておいていだきたいと思います。そうでなければ深刻な場面を自分の判断で対処しようとする勇気はなかなか出ないでしょう。だから、自分では判断せず、飼い主様の言動、ご意向に沿うという消極的な対応にしかならないのだと思います。その結果、生まれてくるのが、「業務の流れが滞る」問題です。

「何と言ったらいいか」だけではない

だからこそこのような場面では「何て言ったらいいですか?」という質問が多く寄せられるのでしょう。何と言ったらいいのすらわからないまま「臨機応変にうまくやる」ことが期待されているということになっているからであろうと、私は推察しています。

「何て言ったらいいか」だけなら、私がお答えするのは、それほど難しくはありません。自分がその場を離れなければならないのなら、飼い主様が号泣からある程度落ちついたところで「○○ちゃんとしばらくご家族だけでいらしてくださいね。また後ほどまいりますね」と言って、席をはずすことは可能です。5分~10分後に再度入室して「○○さん、○○ちゃんのお帰りの準備をさせていただきますね」「恐れ入りますが、待合室でお待ちください」「ご心痛の時に誠に恐れ入りますが、ご精算をカウンターでお願いいたします」等という応対でよいと思います。この応対そのものに問題があるとは思いません。ただ、私はこのような場面の応対の仕方について、今まで一度も記述したことがありませんでした。なぜならば、このように言えば、決して問題は起こらないというお約束はできかねるからです。

初診・再診の受付や、電話応対などは応対マニュアルをサンプルでたくさん作りましたが、このような場面の応対マニュアルはそれだけが一人歩きしてしまうことを懸念しています。十分にこちらの意図をお伝えできる時間が必要なので、セミナーの中でしかお話ししていません。この言い方には、表情、態度、発声の仕方、息の使い方までを十分に説明し、反映していただかなければならないからです。それでも、必ず大丈夫とは言い切れません。なぜならば、起こった万が一の現象に対して私は責任を取りきれないからです。根底に必要なのはその飼い主様と病院の間に築かれていた信頼関係の深さです。それが一つ一つの事象に大きく影響します。だから個々の飼い主様について、理解が不足しているスタッフは特に自分の応対に対して起こる現象には、経営者の「責任を取る保証」がなければ、自分の判断を抑えようする心の動きを無意識にしてしまって当然と思います。

「本当にスタッフの判断に任せてよい」のなら院長が「責任は自分がとる」という後押しが必要だと申しましたが、それは「望まない現象が起こることも受け入れる」ということです。動物に起こる現象については、私達飼い主がそうしなければならないことも、もちろんあります。だからこそ飼い主が起こす現象も動物病院には受け入れなければならないこともあるのだと思います。

責任の所在を明らかにする

しかし、「可能ならばうまくやりたい」という希望はもちろんおありでしょう。ならばこのようなとても難しい場面については、スタッフを「心と応対の技術の両面から教育すること」が必要です。飼い主は医療の教育をされていなくても見よう見まねで、包帯を巻くことはできるでしょうが、避妊手術は絶対にできません。ここの応対を「臨機応変にうまくやってください」という指示は、私がメスを渡されて、「臨機応変に避妊手術をやってください」と言われるのと同じくらい難しいことです。

接客のプロでも非常に難しいと場面だと思います。それにも関わらず何の訓練もされず、このような心理的に厳しい場面に遭遇する機会が少なくない人達のストレスは、とても大きいのではないかと思います。多くのスタッフさんは、難しいからお手上げなのです。飼い主様の言動に沿うことしかできなくなります。応対する人にとっては、それが心理的に安全です。だから、診察室の一つが長い間使えなくなります。処置室に他の人が出入りしにくくなります。精算もできなくなります。飼い主様の方から「精算をお願いします」と言われた時が精算のタイミングで、言われない時には、精算すらできないという現象があるのです。

とりすがっている人は、放置すれば30分そのまま動かないかもしれません。その方を一時的に動物から離し、視覚的に辛く感じる対象から遮断すれば落ち着く可能性の方がずっと高いと思います。泣きやまないのは、最初の感情を起こさせた視覚的要素が変化しないでそこにあるからです。そのことを知っている人は何よりも泣いている人の立場に立って、その知識に裏付けされた行動を起こせるでしょう。

動物病院に「飼い主様次第」の応対がとても多いのは、深刻な場面に対して経営者の見解が明確に、また公の場で言語化されておらず、スタッフには訓練の機会がなかったからではないかと私は感じております。「誰が声をかけるか」「どのように声かけをするか」「声かけまでの時間はどれくらいにするか」「精算のタイミングをいつにするか」等、具体的に目途を立てて指示しておくとスタッフは判断がしやすくなると思います。

著者紹介

坂上緑
動物病院接客コンサルタント
坂上 緑(さかがみ みどり)
●動物病院ホスピタリティマネジメント研究会代表
●大阪ペピイ動物看護専門学校非常勤講師
●「マナーとコミュニケーション」「受付業務」等、動物病院に特化した接客セミナー・講演を全国展開
【出版物】
飼い主さんとのコミュニケーション講座
動物病院スタッフのジョブトレーニング講座
書籍、DVD インターズー
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